秋会期の最終日2日間、ふたたび瀬戸内国際芸術祭へ行ってきました。3年に一度の芸術祭最終日を名残り惜しむかのように来訪者も多く会場には活気が感じられ、この催しが新たな交流を育むきっかけになる可能性を想わせるものでした。そして祭りの後、島々がどんな様子になるのか、どんな効果が生まれているのかを見てみたい気にさせられました。聞くところによると、瀬戸内国際芸術祭関連地域で閉校していた学校が再開された所もあるようで、まことに喜ばしいことだと思います。
犬島、宇野、豊島と回りましたが、今回はその内で印象に残った「犬島」について書きます。犬島は周囲3.6kmのとても小さな島ですが、400年ほど前から大阪城などの石垣に使われた良質な花崗岩(犬島みかげ)を産する島で、最盛期には4000人の石工が働いていたらしく、また、たとえ10年間ではあっても、1900年代の初頭に操業していた大規模な銅製錬所でも多くの人々が働いていたと思われ、集落の家屋の数やたたずまいには、今の島の人口が50人弱ということからは想像できない風情があり、小さくとも由緒正しい島という感じで往時がしのばれました。
「犬島製錬所美術館」は、そんな銅製錬所遺構を保存し再生した美術館で、三分一博志(Hiroshi Sambuichi)の建築は、自然エネルギーの活用ほか環境に負荷を与えないポリシーで造られ、遺構の景観になじむ節度と感性が感じられる設計で好感がもてました。撮影禁止でここでは紹介できなかったのですが、柳幸典(Yukinori Yanagi)の恒久作品のアートワークもこの建築との連携感があり、遺構・建築・アート・環境のコラボが心地よい空間を創っています。訪れた時間はあいにくの小雨まじりの天候。しかしその空模様とここの佇まいが非常にマッチしていたのですが、おそらく快晴の青空にも似合うと思われ、さすが環境との一体をテーマにしただけのことはあると感じたのは思い過ぎでしょうか。
美術館に隣接する「近代化産業遺産」のエリアは、広い敷地に散在する遺構の形状が興味深く、また何ともいえないノスタルジーを感じさせるもので、なぜかアランドロンとリノバンチェラ主演のフランス映画「冒険者たち」に出てくる海の中の古い要塞を思い浮かべてしまいました。この銅製錬所が閉鎖されてから90年以上が経過するため、保管庫などの構造物の間を木々が埋める様も味わい深く、それも相まってこの犬島製錬所美術館が、地域の再創造モデルとして注目される所以であろうと思われます。
犬島製錬所美術館エリアを出て、島の中心集落へ向かいます。ここで展開されている犬島「家プロジェクト」(アートディレクター:長谷川祐子/建築:妹島和世)では、素材のリノベーションはあるものの、建築はすべて新造イメージで、旧家屋をそのままギャラリーに利用したものはなく、また、アルカディア(桃源郷)をテーマに制作されたというアートも充分に現代的であるのですが、島の風景や暮らしと一体になるように展開され、ほどよく島の風光に溶け込んでいました。
《中の谷東屋》と名付けられた休憩所で休んでいると、通りがかった94歳のおばあちゃんから声をかけられました。現在はこの島ではなく高松在住らしいのですが、しばしば来島して、この集落にある築250年の家屋を一人で守っておられるそうです。とても元気で往年のモダンガールという感じの方でしたが、「若いころは一人で満州にも行ってきた」などと、いろいろなお話を親しく交わし、「コーヒーを飲みにいらっしゃい」とも云っていただきました。この島が芸術祭の舞台になっていることを喜んでおられるようで「福武さんには感謝している」と真顔でおっしゃたのが印象的でした。
小さな島という隔絶された環境、まとまり良く伝統も感じられる島の印象などから、桃源郷を制作テーマにした意図が頷けるような好感の持てる島。犬島がそんな良いところを温存しながら、新たに活性化することを期待したいと思います。